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名古屋高等裁判所 昭和58年(う)319号 判決 1984年6月13日

被告人 森田武

昭三・六・二九生 会社嘱託

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

原審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人水野正信が作成した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官横山鐵兵が作成した答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第二(訴訟手続に法令違反があるとの主張)について

所論は、要するに、伊藤留一(原判示第一の犯罪事実一覧表―以下「別表」という。―7、8の被欺罔者)が公判期日において供述することは、同人の病状に応じた手段ないし方法を講ずれば可能であり、それ故、同人が刑訴法三二一条一項二号又は三号にいう供述不能の病状にあつたということはできないのに、原裁判所が同人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書を右各号により採用したのは違法であり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。

所論にかんがみ、記録を調査すると、大要次の経緯が認められる。すなわち、原裁判所は、原審第四回公判期日(昭和五七年二月一〇日)に検察官が右公判期日で請求した証人伊藤留一を採用し、次回期日(同年三月一三日)に同人を喚問することを決定した。しかし、右召喚を受けた伊藤は、病気を理由に四日市市内の築港病院の大沢正義医師が作成した裁判用の診断書を添え右尋問期日に出頭できない旨の不出頭届を提出して、同期日に出頭しなかつた。そして、右診断書には、伊藤(明治三九年生)の病状について冠不全、左脚ブロツク、狭心症の病名で「昭和五十年十月六日より当病院にて治療中である。胸内苦悶、狭心発作が殆んど毎日あり、心電図上左脚ブロツクを認める。最近の発作は三月十日、十二日朝おこり、約五―十分間持続し、ニトロールにて軽快する場合もあるが、右の病状は左脚ブロックがあるため心停止をきたしやすいものと考えられる」と、また、公判期日に出頭できるか否かの判定について「心臓疾患のうち、冠不全、左脚ブロツクが原因である狭心発作は著しく危険を伴うもので、精神的な負担は発作の誘因となる危険性があると考えられる」と記載されていた。そこで原審検察官は、同年五月一七日付書面をもつて再び伊藤の病状等を照会したところ、これに対し、大沢医師は、同月一九日付病状回答書をもつて、現在の病状について、さきの診断書記載の疾病で治療中であるとしたうえで、「……狭心様発作は一日に一―二回位あり、ニトロールにて軽快する場合もあるが、左脚ブロツクを有するため心停止の危険性があるので、本人には特に注意するよう指示している」と述べ、証人として出廷できるかどうかについて「現在の病状からして出廷は不可能と考えられる」し、また、自宅での証人尋問についても「現状ではさしひかえられることがのぞましいものと考えられる」と回答してきた。そうして原裁判所は、原審第一二回公判期日(同年一一月一〇日)において、検察官の請求により大沢医師作成の右回答書を取り調べたうえ、同じく検察官の請求により伊藤の司法警察員に対する昭和五六年九月二二日付供述調書を刑訴法三二一条一項三号により、同人の検察官に対する昭和五七年二月二二日付供述調書を同項二号本文前段により各採用して取り調べ、かつ、さきにした同証人の採用決定を取り消した。

以上の経緯が認められる。右経緯、とくに大沢医師の診断する伊藤の病状(なお、右診断の正当性ないし相当性に疑いをさし挾むに足りる資料は見当たらないから、右診断を尊重すべきものと考える。)に基づき考察すると、原裁判所が伊藤の証人尋問の施行を予定した原審第五回公判期日及びこれに続くころには、同人は冠不全、左脚ブロツク、狭心症の疾病により狭心発作を極めておこしやすい状況にあり、同人を公判期日又は公判準備において証人として尋問するときは、右発作を誘発させ場合により心停止をきたす危険性があり、かつ、右の状況(症状)が早期に軽快する見込みも立たなかつたとうかがうことができるから、この場合、同人の検察官に対する前記供述調書の作成時期などを考慮にいれても、刑訴法三二一条一項二号、三号にいう供述者が身体の故障により公判準備又は公判期日において供述することができないときにあたると認めるのが相当である。

なお、所論は、伊藤の病状に応じた手段ないし方法を講ずれば供述することが可能であつたというけれども、証人尋問において採りうる手段、方法はおのずから限界があるのであり、とくに、いかに手段を講じても、当時前記状態にあつた同人を証人尋問したとすれば、同人を一層狭心発作をおこしやすい状況下におくことは避けることができなかつたと考えられるのであつて、かように供述者の病状に著しい悪影響を及ぼし、場合により生命の危険を冒させても、なお供述さえ得られるのであれば、前記の各号にいう供述することができない場合にあたらないとするが如き見解にはとうてい同調することができない。

そうしてみると、原裁判所が前記の各供述調書を前叙のとおり刑訴法三二一条一項二号本文前段又は三号により各採用したのは(なお、右各供述調書は、その余の点でも右各号の要件に欠けるところはないと認められる。)、是認することができ、原裁判所の右措置に所論主張のような訴訟手続の法令違反は存しない。論旨は理由がない。

控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判決が、原判示第一の別表5から10、13、14及び16の各事実について、各詐欺罪の成立を認めたのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認であるというのである。

所論にかんがみ、記録を調査して検討するに、原審で取り調べられた関係各証拠によると、被告人は、金融業を営むかたわら木村俊夫代議士の私設秘書をしていたところ、自己の事業の資金繰りや自己の借財の返済などに窮したことから、右私設秘書の地位を利用し、木村代議士の支持者らから金員を詐取することを考え、所論指摘の被害者らに対し、借り受けた金員、小切手が自己の用途に充てるものであることを秘し、木村代議士の選挙の後始末や木村会ないし木村事務所のため金員を必要とするもののように装い、それぞれの事実がないのに、別表の当該「欺罔の方法」欄摘示のとおり虚構の事実を申し向けて、同人らをしてその旨誤信させ、よつて、同人らから別表の当該「被害品目等」欄記載の小切手、現金の交付を受けた(騙取した)ことを認めるに十分である。被告人の原審公判廷における供述中、所論に沿い右認定と抵触する部分は、その余の関係各証拠と対比すれば信用することができず、当審における事実取調べの結果も右認定を左右するに足りない。

以下、所論のうち主要な点について説明を加えることとする。

1  別表5、6(横山栄十郎関係)について

所論は、右各犯行(借入れ)に際しては、それ以前の右被害者からの借入れと異なり、木村俊夫名義の借用書などは作成されておらず、この点についてやりとりがなされた形跡もないのであつて、このことからみて被告人は別表5、6の欺罔行為をしていないという。

なるほど、関係各証拠によると、被告人は、右各犯行の前である昭和五五年一一月ころ右被害者から額面三〇〇万円の小切手一通を借り入れるに際し、木村俊夫事務所の押印などのある用紙に被告人と箕曲有俊とが連署した借用書を差し入れたことは認められるけれども、この場合でも、被告人は木村事務所の選挙の後始末に必要として右小切手を借り受けながら、これを自己の用途に充てているのであり、この限度では、その後犯した右各犯行と異なるところはなく、また、被告人は原判示第一のその余の被害者らに対する各詐欺においても、必ずしも木村事務所の借用書などを差し入れていないことからみて、所論の点が直ちに被告人において別表5、6の欺罔行為をしていなかつたことを推認させるものではない。とりわけ、前記の借用書は、同被害者からはじめて借入れをするに際し、被告人側が予め用意していつた用紙に書き込むなどして渡したものであり、これに対し、右各犯行の際は、すでに被害者は右初回分の三〇〇万円の返済を受けており(それだけ信頼が高まつていた。)、かつ、今回も木村代議士のことということで信用していたもので、被害者の側からはとくに木村事務所の借用書などを要求することをせず、被告人のいう別表5、6の欺罔文言を信用し、この誤信に基づいて被告人の右各借入れの申込みに応ずるに至つたものであることを認めるに十分である。

2  別表7、8(伊藤留一関係)について

所論は、被告人は、右伊藤から昭和五六年四月一六日ころ三〇〇万円を借り受け、同年五月六日同人に一旦これを返済し、同日午後三時ころ改めて五〇〇万円を借り受けたものであるから、原判決が五月六日二〇〇万円を借り受けた旨認定したのは誤りであるという。

しかし、所論のとおりであつたとしても、原判決は、別表8において、被告人が交付を受けた現金五〇〇万円のうち、検察官が主張する二〇〇万円の訴因の限度でその事実を認定したことになるにすぎない(なお、別表7について付言すると、五月六日その三〇〇万円が返済されたとしても、関係各証拠に徴し、それは、同日すぐ五〇〇万円を(実質的には二〇〇万円を追加して)借り受ける手段としてしたものとうかがわれるうえ、別表7の借入れは同判示の欺罔方法を手段とするものであり、被害者もその現金が木村事務所のためでなく被告人個人の使途に充てられるものであることを知つたとすれば、被告人の右借入れの申込みに応じなかつたと推認されるから、右返済の点も、別表7の詐欺の成否に影響するところはないと考えられる。)。のみならず、伊藤の司法警察員に対する供述調書に被告人の司法警察員に対する昭和五六年九月二八日付供述調書を加えて考察すると、被告人は、五月六日現金三〇〇万円を持参して伊藤の会社を訪ねたが、これを返済しようとせず、急に東京の木村事務所で金員を必要とする事情ができたように装い、右三〇〇万円を見せたうえで、「本日返済の三〇〇万円を持参したが、今朝また東京の木村事務所から電話があり、今日五〇〇万円の資金が必要であるからなんとか都合してほしいといつてきた。本日返済の三〇〇万円の期日を更に五月二五日まで延期してほしい。また、二〇〇万円を追加して貸してほしい」旨申し向けたところ、伊藤も右話しを信用してその場で二〇〇万円を被告人に渡したほか、さきに担保に預かつていた森田辰夫振出名義の額面三〇〇万円の小切手などを被告人に返し、改めて森田辰夫振出名義の額面五〇〇万円の小切手を徴したことを認めるに十分であり、伊藤の当審公判廷における供述中、所論に沿い五月六日午前中被告人から一旦三〇〇万円の返済を受け、同日午後改めて五〇〇万円を貸したとする部分は、前記の各供述調書と対比すれば、信用することができない。右事実によると、原判決の別表8の認定に誤りのないことは明らかである。

3  別表9、10(森勇関係)について

所論は、被告人が原判示の各欺罔行為をしたことはなく、仮に何らかの虚言があつたとしても、原判示の各現金の交付と因果関係はないという。

しかし、原審第八回公判調書中証人森勇の供述部分(その趣旨は、被告人に対する信頼を基礎としながらも、その使途については、被告人の木村会で金が入用であるという言葉を信用し、この点を重要な意思決定の要素として(被告人個人の使途に充てるのなら貸さないという趣旨)、被告人の各借入れの申込みに応じたことを供述したものと認められる。)に被告人の司法警察員に対する昭和五六年一〇月八日付供述調書を加えて考察すると、被告人は、森に対し別表9、10の各欺罔文言を申し向け、それを信用した森において、右誤信に基づき二回にわたり現金合計三九五万円を被告人に交付したことを認めるに十分である。なお、別表9について、被告人が「木村会で金がいる」旨申し向けて森を信用させたとの点は、被告人自身、右一〇月八日付供述調書中で、現金二九五万円を借り受けた際、担保として差し入れた森田辰夫振出名義の額面二九五万円の約束手形一通の第一裏書人欄に、被告人の名前のほかとくに「木村会」と記載して、被害者をして木村会で金がいるように信用させるようにした旨供述していることからも、十分うかがうことができる。

4  別表13(酒井嘉嗣関係)、14(山中金三郎関係)及び16(松原静夫関係)について

所論は、右被害者らの原審公判廷における各供述の信憑力を争い、右の各事実について、被告人は原判示の各欺罔行為をしていない(なお、別表14については、仮に欺罔行為があつたとしても、その貸付け行為とは因果関係がない)という。

しかし、原審公判調書中右被害者らの各供述部分(所論にかんがみ検討しても、その各供述は、とくに不自然、不合理とすべき点がなく、いずれも大筋において十分措信することができる。)にそれぞれこれに対応する被告人の捜査官に対する各供述調書を加えて考察すると、右の各事実についても、被告人が右被害者らに対し別表摘示の各欺罔文言を申し向け、これを信用した右被害者らにおいて、右誤信に基づき被告人に小切手あるいは現金を交付したことを認めるに十分である。なお、所論中には、別表14について、その被欺罔者山中金三郎の供述は被告人の欺罔行為を証明していないなどと主張する点もあるが、同人は、もともと被告人とは個人的に金銭の貸借をするような交際はなかつたところ、原審公判廷において、「被告人は『木村代議士のために使う』といつたと思う」「被告人は木村代議士秘書の名刺を置いていつた」旨その他を供述しているのであつて、これらを含む原審第七回公判調書中の同人の供述部分に被告人の司法警察員に対する昭和五六年一〇月二三日付供述調書(九丁のもの)を加えて考察すると、別表14についても欺罔行為の存在を認めるに足りる。

その他原判決の事実認定について、所論が指摘する諸点を逐一検討しても、証拠に徴し首肯しうるものはない。

以上の次第で、所論はいずれも採用することができず、原判決に所論主張のような事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第三(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。

右論旨に対する判断に先立ち、職権をもつて調査すると、原判決は、以下の点で、訴訟手続の法令違反があり破棄を免れない。

すなわち、原判決はその主文三項において、原庁押収にかかる約束手形五通(証拠略)の各偽造部分を没収する旨の言渡しをしているところ、右手形五通について、その提出者(原判示第二から第四まで、第六及び第七の各犯行で、被告人からその交付を受けて所持していた者)らがその返還を求めていることは、記録に徴し明らかである。

ところで、右没収の裁判が確定し、その執行方法として偽造部分(本件にあつては約束手形振出人が作成したとされている部分)にその旨の表示がされる(刑訴法四九八条)と、その法的効果として、なんぴとも被偽造者(本件では約束手形振出人とされている者)との関係では、それを偽造書類(本件では振出部分が偽造である約束手形)として取り扱うべき状態(したがつて、本件では、右提出者らが、被偽造者、すなわち、約束手形振出人とされている者に対しその約束手形上の権利を行使しえない状態)が生ずるものと解されるから、右没収の言渡しは、本件では、右提出者らに対し、約束手形振出人とされている者との関係で、その約束手形上の権利を失わせるという効果を伴うものといわなければならない(この点で、手形偽造の場合は、単なる私文書のそれと異なる。)。

そうしてみると、本件においては、手形の偽造部分を没収するにあたり、提出者(所持人)らに対し、同人らが被偽造者との関係においてその手形上の権利を行使する意思のないことを前もつて明らかにしている場合を除き、予め意見や弁解を陳述したりして自己の手形上の権利を守る機会を与えることが、憲法三一条及び二九条一項の法意にかんがみ必要であるといわざるをえないから、現行法体系のもとでは、刑事事件における第三者所有物の没収手続に関する応急措置法を準用して右提出者らに訴訟参加の機会を与えることが手続上必要となる道理である。それ故、原判決が、右手続を履践することなく前記没収の言渡しをしたのは、訴訟手続に法令の違反があることになるし、また、この違反が判決に影響を及ぼすことはいうをまたないところであるから、原判決はこの点で破棄を免れない。

よつて、量刑不当の論旨に対する判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により当裁判所において更に判決する。

原判決が認定した事実にその挙示する処断刑を出すまでの法条を適用して被告人を懲役三年に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中五〇日を右刑に算入し、なお、原審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

情状について付言すると、本件は、有価証券偽造、同行使五件(額面合計二三八〇万円)、有価証券偽造、同行使、詐欺二件(詐欺の被害額合計一四〇〇万円)及び詐欺一六件(被害額は現金合計一八四五万円と小切手額面合計三三三〇万円)の事案であり、右各犯行の罪質、動機、態様及び結果並びに被告人の犯歴(本件各犯行の前に、業務上横領や恐喝のかどで二回にわたり有罪判決を受けたこと)などの諸事情に徴すると、被告人の刑責は重いといわざるをえず、証拠上肯認しうる被告人に有利な、又は被告人にとつて同情すべき諸事情(当審で立証されたものを含む。)を十分斟酌しても、右程度の刑はやむをえないものと考えられる。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本卓 杉山修 鈴木之夫)

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